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松山地方裁判所 昭和24年(行)16号 判決

原告

安平照市

被告

愛媛県農地委員会

主文

原告所有に係る愛媛縣〓泉郡荏原村大字中野天王甲三百三十六番地宅地三百六十七坪に対する荏原村農地委員会の買收計画につき被告が昭和二十三年十二月二日付を以て原告の訴願を棄却した裁決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

請求の趣旨

主文同旨

事実

原告訴訟代理人は、請求原因として、

主文第一項に掲げた宅地は原告の所有しているものであるが昭和二十一年七月訴外〓藤源三郞に期限二十年の約にて賃貸し同人はこれに住宅等を建築し現に使用中である。然るに右〓藤は同人が自作農創設特別措置法(以下単に自創法と略称する)に基き農地の売渡を受けて自作農となつたのを倖として同法第十五條の規定により荏原村農地委員会に対し右宅地の買收申請をし同委員会は右申請を容れてこれが買收計画を立てたので原告は異議の申立をしたが却下された。そこで被告に対し訴願したところ被告は昭和二十三年十二月二十日棄却の裁決をしこの程原告はこれが送逹を受けた。併しながら本件宅地の買收申請人たる〓藤は数十年来荷馬車挽を本業として生計を立てているもので性来農業を好まずその妻ハルノが家事の片手間に耕作をしているに過ぎないのであつて右〓藤の如きは自創法第十六條に所謂「自作農として農業に精進する見込あるもの」には該当しないから宅地の売渡はもとより農地の売渡を受ける資格をも有しないものである。たとえ〓藤が同法の誤つた適用に由り農地の売渡を受けたとしてもそれはそれとして本件宅地の買收申請をする権利を有するものでなくこれを容れてした荏原村農地委員会の買收計画は法律の適用を誤つた違法があり従つてこれを支持した被告の裁決も又違法であるからこれが取消を求めるものである。仮に右の理由がないとしても本件宅地は以上述べる諸事情を総合勘案するときは国がこれを買收するを相当としない場合に該当する。即ち

一、原告が本件宅地を〓藤に賃貸したのは同人が当時住んでいた場所が水害に遭う危険があつて原告に対し屡々本件宅地を貸与せられたい旨懇願して止まないので同情の結果遂にその請を容れて承諾を与えたものである。〓藤が今本件宅地の買收申請をするが如きは信義に反した行為と云うべきである。

二、而も現在においては〓藤の元住んでいた場所は最早水害の危険はなくなり〓藤は何時にてもそこに復帰できるばかりでなく同人の実母が住んでいる建物並その宅地を別に所有しているものである。

三、本件宅地は〓藤が売渡を受けた農地と従属関係なく農業経営上の利用価値はない。

四、前述の如く原告は荷馬車挽を本業としているものであるから仮に形式上自作農となつたとしてもこれ以上保護の要はないのである。

然るにこれ等事情を無視して〓藤の買收計画を容れた荏原村農地委員会は裁量権の行使を誤つた違法があると陳述した。

(立証省略)

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張事実中本件宅地を原告が所有していること、訴外〓藤源三郞が昭和二十一年七月本件宅地を賃借し、現に使用中であること、〓藤が自創法に基き自作農となつたものであつて同法第十五條の規定により本件宅地の買收申請をし荏原村農地委員会がこれを容れて買收計画を立てこれに対して原告が異議の申立をしたところ却下されたので更に被告に訴願を提起したがこれ亦被告において棄却したこと、〓藤が数十年来荷馬車挽を本業としているものであることはいずれもこれを認めるも本件宅地の買收計画が違法であるとの点はこれを争う。国は〓藤が自作農として成長の見込があると認めて同人に農地を売渡したのであつてこの間自創法の適用を誤つた違法はなく従つて同人が同法第十五條の規定に基き本件宅地の買收申請をなし得る権利を有することも当然である。これを容れた荏原村農地委員会の買收計画は適法であり右計画を支持した被告の裁決も適法である。と陳述した。(立証省略)

理由

本件宅地が原告の所有に属するものであること、昭和二十一年七月原告が本件宅地を訴外〓藤源三郞に賃貸し〓藤はこれに住宅等を建築して現に使用中であること、同人は自創法に基き自作農となつたもので同法第十五條の規定により荏原村農地委員会に本件宅地の買收申請をし同委員会は右申請を容れてこれが買收計画を立てたのに対して原告が異議の申立をしその却下の決定に対して更に訴願したところ被告も亦これを棄却したこと〓藤が数十年來荷馬車挽を本業としているものであることは当事者間に爭いないところである。

証人安平伸、同安平ユキ子、同永山甚三郞、同永山ヌイ、同篠浦種四郞の各証言を総合すると〓藤の世帶では内縁の妻三好ハルノが主となつて耕作の業務に携つており〓藤は田植及收獲時の農繁期においてハルノを補助して農業に從事している事実が明らかである。右認定事実に反する証人〓藤源三郞の証言は措信できない。併しながら自創法第十六條に「当該農地につき耕作の業務を営む小作農……………で自作農として精進の見込あるものに賣渡す」との規定は世帶主本人が農業專從者である場合の外たとえ世帶主が他に主業を有し自ら耕作業務に專從しないとしてもその配偶者若しくは同居の親族の中農業專從者があつてこの者が農業に精進するものと認めるに足る場合特に当該農地につき從來世帶主名義を以て耕作の業務を営んでいたような場合においては國はその世帶主に対して農地を賣渡すことができる趣意のものと解しなければならない。〓藤の世帶においては内縁の妻ハルノが農業に專從していることは前述の通りであり國はハルノが主となり耕作して來た〓藤の小作名義の土地を買收の上これを〓藤に賣渡したものであることは証人〓藤源三郞の証言によつて明らかである。而して内縁の夫婦関係の場合これを法律上の婚いん関係に準じて一方を他方の配偶者として扱うことは社会の通念上一般に行はれるところである。本件においてハルノを〓藤の配偶者として同女が農業に精進する見込あるものと認めてその世帶主たる〓藤に対し賣渡したものであるからもとより適法の処分と云うべきである。從つて〓藤がその名義を以て賃借権を有する本件宅地につきその買收申請をすることは他に特別の理由のない限りその権利に属するものと云うべくこの点について原告の主張は理由がない。

進んで予備的主張について考えて見るに

一、証人安平伸、同安平ユキ子、同〓藤源三郞の各証言並檢証の結果を総合すると〓藤は從前肩書部落字金比羅二百十三番地に居住していたものであるところ昭和二十年の大水害の際重信川が決潰した結果部落の東端に位していた〓藤の家は洪水のため倒壞の危險に頻する損害を蒙つた。翌二十一年夏出水期を控えて当時未だ決潰箇所がそのまま放置されていたので何時又洪水があるかも知れず不安の余り〓藤は安全な場所に住宅を移築することを企て原告の長男安平伸に対し本件宅地の賃借方を申入れたが同人はこれに原告のため隠居所を建築する意図であつたので当初は断つていたけれども〓藤の度重なる哀願に同情して遂にその請を容れ原告を代理してこれを〓藤に賃貸するに至つた事情を認めることができる。

二、然るに証人永山甚三郞、同永山ヌイ、同篠浦種四郞の各証言を綜合するとその後重信川堤防の決潰箇所は漸次修復工事が進捗し現在はほとんど危險のない状態に在り更に補強を加えるにおいては一層安全になり前記〓藤の所有宅地を住宅建築敷地として使用できるものであり、檢証の結果によれば、現に右宅地の一部分にハルノの実父三好宇喜三郞がバラック樣の住宅を建てて居住しておる事実が明らかである。なお証人篠浦種四郞の証言によれば〓藤はその母の別居している金比羅百六十八番地に同人名義の宅地五十一坪(建物と共に)を所有している事実をも窺うことができる。

三、檢証の結果によれば〓藤の賣渡を受けた農地は前記金比羅甲二百十三番地附〓に集團をなしており本件宅地とは約五丁若しくはそれ以上の距離を存するので從前の宅地におけると比較して不便を免れないこと、証人〓藤源三郞の証言によれば本件宅地は農業経営上少しく手狹であつて脱穀乾燥等には使用していないことが明らかである。

四、前述の如く〓藤は荷馬車挽を本業としておりその收入の家計における比重は農業所得と大差ないであろうことも容易に推断できるところであるが檢証の結果によれば〓藤が賣渡を受けた農地は五段七畝歩に逹するに対し証人安平伸の証言によれば原告家においては所有農地の大部分を買收された結果現在においては出小作地五段弱を有しているに過ぎず長男伸が会社員として得る給料をほとんど唯一の收入としている事実を認めるに足る。なお証人安平伸、安平ユキ子、同篠浦種四郞の証言を総合すると〓藤は浪費癖を有し家庭内において屡々紛糾を釀している事実も明らかである。

これを要するに〓藤の本件宅地の買收申請は原告に対して信義に反し(自創法第六條の二第二項第二号類推)且つ権利の乱用に亘る(民法第一條第三項)と解せられる一方宅地又は建物の位置構造(廣さ)の点から買收を不適当とする場合(自創法第十五條第二項第三号)に該当しないまでもこれを近く更に公平上の見地から言つてもむしろ原告を保護する要を認め得るのである。(自創法第六條の二第二項第四号類推)

然らば〓藤の本件宅地の買收申請は本來許容すべからざるものと言うべきであるからこれを相当と認めた荏原村農地委員会の買收計画には裁量権の行使を誤つた違法があり、この買收計画を支持した被告の裁決も亦違法に帰するからこれが取消を求める原告の請求は結局理由がある。

仍つてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(加藤 橘 水地)

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